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コンピュータの歴史から学ぶ

環太平洋ミニゲーム開発オリンピック the 2nd 開催直前、レンタカーのトラブルもなんのその、やってきたのはGoogle本社のすぐ近くにあるComputer History Museum。その名の通り、コンピュータの歴史が学べる博物館である。月曜、火曜は休館日なので、みなさん、行くときは気をつけてくださいね(間違った人たち)。

さてさて、今回はその博物館などで学んだ事をつれづれといきたい思います。

昔はちょっとボロかった建物も、ビル・ゲイツ先生のご支援でリニューアル!

「REVOLUTION! コンピュータの最初の2000年」というサブタイトルがカッコイイ!

2000年ですよ2000年!

続きは以下のリンクから

元々 “compute” って、計算する、とかそういう意味があって、コンピュータ(computer) ってのは、ランナー(Runner)とか、写真家(Photographer) とかいうように、ずっと「人(職業)」のことを表していたという。今じゃ「コンピュータさん」なんていわれたら、「機械の体なんて、いらないよ!」と返すのが人情ってものですが、昔は役職的にそういわれた事もあったんですねー。

で、ずっと計算することは人類の活動にとって重要なことで、その計算を簡単にするために、いくつもの道具が発明されていた。その代表例がそろばんなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17世紀に活躍したアイザック・ニュートンやゴットフリート・ライプニッツも愛用していた計算尺。
ちなみに”カーソル”が発明されたのはこの時にさかのぼるのだとか。カーソルですぜカーソル。

そして産業革命のさなかのイギリスで発明された世界初の自動計算機「ディファレンスエンジン」がこちら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1832年、チャールズ・バベッジにより初期型が設計されたが、当時は資金を調達できず実現不可能な発明だったという。このバベッジエンジンが実際に組まれたのは2002年になってから。部品は8000個、5トン、3.3メートルという巨大なエンジンである。

バベッジはパトロンを探し歩き、そのパトロン探しを手伝い、そのためにプログラミングまでこなしたというのが、何と女性。ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キング氏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湯島系OLとしては何とも心強い反面、ラブレス伯爵夫人にはまだまだ頭が上がらないものである。しかも美人ていう。

美人すぎるプログラマー伯爵夫人

「美人すぎる〜」のはしりである。

で、トリビア的な知識でいえば、大学の頃に学んでいたロマン派詩人のバイロン卿の娘さんってんだから世の中狭い。ラブレス公爵夫人は、バベッジエンジンの研究を続け、文書化につとめたという。

実際にコンピュータが実用化されるのは、さらに時を下って20世紀初頭、悲しいことにそれは戦争のたまものだった。

英国中央郵便本局研究所内で開発されたドイツ軍の暗号解読用計算機コロッサス。この開発には、現在のコンピュータの雛形とも言える「チューリングマシン」を考案したアラン・チューリングも関わっているという。

ちなみに湯島系IT企業UEIの応接室の名前はチューリング、男子仮眠室はバベッジ、女子仮眠室はラブレス。コンピュータの黎明期に活躍した偉人の名前を頂いているのだ。なるほど。

ENIACを使用しているところ

 

同時期に、アメリカでは弾道計算機としてペンシルバニア大学でジョン・エッカートとジョン・モークリーによって開発されたENIAC(エニアック)があり、これが世界最初のコンピュータとして広く知られているらしいのだがしかし、どうもこのENIACは「チューリング完全」ではないらしく、「チューリング完全」なコンピュータとしてはドイツのコンラート・ツーゼが開発した「Zuse Z3」が初めてらしい。んー、ちょっと湯島系OLにはこのへんが限界かな。チューリング完全ってなに?って感じですが。

Zuse Z3の破片

驚くべきことに、このコンピュータ歴史博物館ではツーゼのZ3やENIACの現物(の一部)も展示されている。

すごい。冷静に考えるとすごい。

要するにこれってワタシのiPhoneちゃんやXPERIAちゃんのご先祖様ってことでしょ?

 

そんなコンピュータが軍事目的以外に初めて必要とされたのは、なんとアメリカの国勢調査

1880年の国勢調査は集計に7年(!!)もの歳月が必要になってしまった。

移民などによる人口の爆発的な増加を考慮すると、10年後の1890年の国勢調査には13年も掛かってしまうという予測が建てられた。これは困った。10年ごとに行っている国勢調査そのものよりも集計期間の方が長く掛かってしまう。

ここで職業としての「コンピュータさん」では限界があるということが初めてわかった。

そこでハーマン・ホラリス(ホレリスとも言う)が発明したのがパンチカード。ずばり、パンチで穴を開けた紙を使う機械式の集計方法だった。

このパンチカードによる集計は、21世紀まで使われているというのだからホラリスの発明の息の長さが解る。

 

これがホラリスのタビュレーティングマシン。19世紀の発明品であるためか、メーター類は総てアナログ式だ。

この発明により、当初13年かかると予想された国勢調査は、わずか18ヶ月で完了したのだという。

すごいぜホラリス!すごいぜパンチカード!

このホラリスのタビュレーティングマシン、まさに時代に革命をもたらした。そりゃそうだ。

政府が持てる人員を総動員して13年かかる計算をたった18ヶ月で終えてしまう驚異の性能。そしてタビュレーティングマシン社は1911年、ニューヨークで他二つの会社と合併を果たし、その名前を座・コンピューター・タビュレーティング・レコーディング・カンパニー(CTR)というやたら長ったらしい名前に変える。

それから6年後の1917年。CTR社は世界進出を目指して社名変更を行う。インターナショナルビジネスマシーンズ社、そう。彼の有名なIBMの誕生である。当時の社長はトーマス・ワトソン・シニア。ホラリスは創業者として取締役を勤めた。

IBMが初期のコンピュータ業界に世の中にインパクトを与えた製品の代表となるのは、なんといっても「月に人類を送り込んだコンピュータSystem/360だろう。これは世界初の汎用コンピュータと呼ばれている。

商用としては初めてOSやバーチャルマシンが登場。また、命令セットアーキテクチャを統一した汎用コンピュータでもある。ありとあらゆる目的、360度全方位をカバーする、という意味で360の名がつけられた。360番目のマシン、という意味ではない。ちなみにXbox360の語源もここに由来するとかしないとか。

 

NASAによるアポロ計画にはこのSystem/360が欠かせなかったとか。

スマート世代の走り、出来杉君すご〜い感がここにある。

なんてったって宇宙だからね宇宙。このSystem/360が大成功しすぎてIBMはついに独占禁止法で提訴されてしまう。ということはそれだけ売れ過ぎた、ということ。すごいわ。

いっぽうでマイクロプロセッサの進化も著しい。世界初の商用マイクロプロセッサはかの米Intel社によって開発された Intel4004である。当初は電卓用演算装置として日本のビジコン社からの発注により、同社の技術者嶋正利とインテルの共同開発により、1971年に出荷された。4004の時代では、12ミリ平方メートルのチップ上に2.300個のトランジスタがあったが、それが1993年のIntel Pentium には、294ミリ平方メートル上に3,100,000個のトランジスタがにおさめられるまでとなった。

こういうのをムーアの法則と呼ぶらしい。

グラフ、振り切れてますけど、という感じである。

世界最大の半導体メーカーIntel社の創設者の一人であるゴードン・ムーア博士が1965年に経験則として提唱した、「半導体の集積密度は18~24ヶ月で倍増する」という法則である。1950年代のシリコントランジスタが1だとしたら、2000年代の64ビットマイクロプロセッサには5億9200万0000のトランジスタが詰め込まれているという。もはやこれはどうしたものか。想像を絶する数字でよくわからない。ええと、ゴキブリを一匹みかけたら30匹はいるというから、5億92000万トランジスタというのはゴキブリでいうと・・・よくわからない。


私自身も、「ムーアの法則」ではないけれども、最近、マイクロプロセッサ技術の進歩を身近に感じることがあった。

実は湯島系OLの最近のマイブームはファミコンとトレンディドラマ、ということで、実家から引っ張りだしてきたセガのゲームギア。実際、液晶が壊れてしまっていてうまくみれなかったのだけれど、3.2インチカラー液晶は、iPhone3GSよりも小さい。で、本体はPSPよりも分厚い。これが技術の進歩か!と思うことしきり。

 

iPodも初期はiPhone3GSよりも分厚い

これがたったの9年前とは。microSDとかも、初め見たときビビったもんね。ちっちゃ!って。

打って変わってプログラミング言語もこんなに派生系があるのかと脱帽。

↓はプログラミング言語の系譜の図。細か過ぎ。

うしろのほうにやっと(最近必死で覚えた)JavaScriptを発見するが、さらにJScriptというものがあることにショックを覚える。こんなにあって、いいんだろうか。他の言語を使う人たちは、わかり合えるんだろうかと、さながら世界の裏言語的感覚を味わう。

そして忘れてはならないスーパーコンピュータ。メタボ気味の某スーパークリエイターと違い、とにかく見た目がかっこいい。とまたふわふわしたコメントであるが。このCRAY-1は1976から82年にかけ、演算速度が世界最速だったという。ラウンドタワーにしたことにより、ワイヤの長さが縮小され、ベンチっぽくなっている部分には電源回路が隠されているという。シーモア・クレイの”packaging and plumbing“という思いを反映した一品・・・らしい、ごめんなさいよくわかってません。

でもベンチに座れるコンピュータってお洒落よね。表参道辺りのカフェにあったらいいのに。

クールな見た目とは裏腹に、内部にはこんなに配線がつまっているのだから、単にかっこいいだけじゃなく合理性があるというナイスガイ仕様である。

しかしながら、パッケージングの重要性ということでいえば、この当時、続々と発売されたおしゃれコンピュータたち。代表的なのはこの1969年に発売されたキッチンコンピュータ。かなりおしゃれ感満載で、おしゃれ好きOLとしては一台欲しいところである。


レシピの保存用に使われたかったものらしいけど、これ、なんと一台も売れなかったらしい。理由は100万円という値段とそのインターフェース。バイナリスイッチととライトで、華麗にブロッコリーなどを表してくれるという。
うん、見た目はいいけど、欲しくはないかな…。
カッコイイだけで中身の伴わないイケメン的な感じ。
最近はよくUIの重要性を痛感するところでもあり、こういったのにはいろいろ考えさせられます。
キーボードもあのかたちに落ち着くまでは、いろいろな試行錯誤がされたようです。
こんなキーボード、見た事ない…!なにこのラウンド!

タブレット型の端末もいろいろ。iPad以前にも昔からあったんですねえ。

で、面白かったのが
アラン・ケイによるDynabook のモック

知ってますか?いろんなコンセプト映像とかに出てくる、あのアラン・ケイのダイナブックですよ!東芝じゃないですよ!


何と、段ボールと紙っつう同じようなことを去年の2月あたりにやったような気がする。多いに気がする。

iPadを買ったらどんな感じなのかやってみた!/Keep Crazy ;shi3zの日記

しかし、UIや画面のイメージを考えるときには、こうして、実際に触れるようにして試してみることは重要だとおもう。いくら画面で考えてみても、実際の大きさや重さが加わってはじめて、いろいろわかってくるものですし。
さてさて、いろいろと書いてしまいましたが、あらためて、コンピュータの歴史とその進化、そしてそこにつまった可能性を感じることができました。

実際にはこの直後に例の地獄大会が始まるので気もそぞろだったのですけどね。
先人たちの経験と知恵にならい、そして汗と涙に感謝しながら、私たちも頑張っていきたいものです。何が?、って感じですが、いろいろと。

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