Skip to content

ゲームの神様「遠藤雅伸」に聞いたゲームデザイン。コンテンツとコミュニケーションの間を繋ぐ哲学

いよいよ来週に迫ったleapfest(リープフェスト)。
若きゲームクリエイター達のガチンコバトルの集大成だ。

その基調講演を引受けてくれたのは、日本で初めて「ゲームデザイナー」となった遠藤雅伸氏。

遠藤氏は独自のゲームデザイン論でこれまで数々の名作を生み出して来た気鋭のゲームクリエイターの一人だ。

特に処女作「ゼビウス」はシューティングゲームでありながら、重厚なストーリーで作られ、隠れキャラの元祖となった。

また、続いて開発した「ドルアーガの塔」はアクションRPGの金字塔として今も語り継がれている伝説的な作品。

つまり遠藤氏自身が、「生きるゲーム業界の伝説」となっているのだ。
ついた徒名が「ゲームの神様」

今回は、そんなゲームの面白さを知り尽くした遠藤氏に、leapfest開催に先立ち、wise9編集長shi3zがインタビューを敢行した!




——本日はお時間を頂きありがとうございます。

早速、来週のleapfest(リープフェスト)2012でのご講演、お引き受けいただきありがとうございます。

どんな話をすればいいかな?
儲る系の話なら、好きなことやったら儲んないけど、好きなことやるためには儲けないとだめだとか。

でも若い大学生とか大学院生とかがくるなら、ゲームは遊ぶより作ってるほうが楽しいってとか。

——そういった感じで、この間のゲームジャムの時のような。なるべく夢のある話をお願いしたいなーと。
ところで、先日対談されたゲームジャムにはどのような感想を抱かれましたか?

ちょっとひどかったなあと。グローバルゲームジャムに出るっていうことで、自分としてはゲームをもう作ってるんだって満足しちゃだめで、ゲームジャムが目標になっちゃだめっていうのが大前提にあって。本当は僕はああいうのは嫌いないんです。48時間で、徹夜でなんとかしてとか。

僕だったら、8時間を三回にわけて、たっぷり睡眠とってやるとかにする。人間て空いてる隙間にいろいろとものを考えるんだよね。

——おっしゃる通りですね。帰ってから気づくこともありましたし。

そう。インプットされたことがまとまって、出てくるとかってこともあるし。

それから、企画のたてかたが下手だったと思う。面白そうじゃないところから立てちゃうというか。ウロボロスっていうテーマが与えられたことに対して、なんのひねりもなく、ただの蛇だと思っちゃってる。ウロボロスが持つ、宗教的な意味とか、哲学的な意味とか、そういうことを考えてほしかった。あれをただの蛇ととらえてしまうのは、日本人のイメージの貧困さというか。

——言葉でなくて、ピクチャ、絵でテーマが与えられてますからね。

今回のGlobal Game Jamで与えられたテーマ。言葉ではなく、絵がテーマという斬新さだった

あれが出た瞬間に、あ、これはただの蛇じゃないなって最低でも気づくべきだと思う。根本的に持ってる知識とか教養とかがないから企画内容が浅くなってしまう。本当に企画をわかってる人だったら、

あのテーマを見て、あ、作りたいもの作れってことじゃんって、わかるはず。別にゲームオーバーと共に続きを遊ぶっていうのを作って、この部分がウロボロス(*1)の輪廻転生を表してるって言っちゃえばいいじゃん。その辺の質が低いというか、がっかり。分析が足りないからゲームが複雑化してしまっている。もっと勉強しようよ、って思う。

※1 ウロボロスは、単なる蛇ではなく、西洋では物質界の限界や、永遠回帰、完全性、陰陽などさまざまな意味を持つ象徴。しかし日本の会場で作られた作品の多くは、ウロボロスを単なる蛇として解釈してしまうものが多かったようだ

遠藤氏にとって、ゲームデザインとは

——まさにおっしゃるように、企画を立てるには、意外と教養がないとダメだよとか、みんな知らないですよね。
遠藤さんといえば、元祖ゲームデザイナーですが、ゲームデザイナーという肩書きはどんなきっかけで名乗り始めたのですか?

実は人に言われたんだよね。
後にアタリ(*2)の経営者になる、ダン・バン・エンダレンが日本に来た時に、お前は何をやってるんだって聞かれて、こういう仕事をしてるって答えたら、そうかお前はゲームデザイナーなんだなと言われた。ゲームデザイナーって職業があるのを初めてその時知った。

*2 アタリ社はアメリカにある世界初のゲーム会社。若き日のスティーブ・ジョブズもアルバイトするほどの名門企業だった。社名の由来はなんと日本の囲碁用語から

——そうだったんですね。
遠藤さんが思うゲームデザインとはどのようなものでしょうか?

ゲームデザインのはじまりって、自分が『ゲームはこれが面白い』っていう基準をいくつか持って、それに当てはめていって自分なりの尺度をつくることだと。その尺度が歪まないようにしなければならない。
僕自身が、人が面白いと思うのは、『競争と非日常とトレース』、この三つにおいている。

——『競争と非日常とトレース』ですか。

シミュレーションと同じ。おままごとが楽しいのがトレースだよね。子供がおままごとが好きなのは、自分にとってのヒーローであるお母さんとかお父さんになれたりするからじゃないかなっていう風に分析できるわけで。

F1レースとか対戦格闘技とか、現実にはできないけど、ゲームだったらイケるじゃんって。バーチャルの世界では、スーパーマンになれる、その高揚感が面白いのかなって。
だからそうやって、自分の中で人が面白いと思う尺度、面白いと思うものはなにかっていうのをきちんと明確にして、それを追い続ければいいと。

——なるほど。
昔、遠藤さんがおっしゃっていた話で、選択肢の数の話がありましたよね。

『二つか三つかいっぱいか』ってやつね。あなたが好きなものは何ですかって言って、選択肢が二つしかなければ、みんな迷わない。あなたが好きなのはどちらですか、男、女って書いてあると、どっちを選ぶ人も迷わない。ところがそこに選択肢が増えると、微妙なものが入ってきたりして、判断がしにくくなる。増えていくにつれて、人は判断がどんどんしにくくなる。

面白いゲームは、本質がぶれなけれな簡単に作れる

——二つだと選べるけど、三つ以降はどんどん複雑化してしまう、ということですね。
面白いゲームはどうやったら作れるのでしょうか。

面白いゲームを作るのは簡単なんだよね。何をおいてもそうなんだけど、つまる部分をすべてつまらないっていう言葉で表現する人が多い。

だからゲームをプレイしていて、例えば、難易度が高すぎるっていう風にプレイヤーは判断しない。難易度が高いって言わないで、なんだこのゲームつまんないって言う。

例えば、グラフィックがちょっとチープだと、グラフィックがもうちょっとよければいいのにね、って言わないで、何このゲームつまんねー、って。

で、僕が思うのは、つまんないに対応するのは、面白いじゃなくて、『すげえ』だと思ってるわけだ。面白いって、そんなものは誰にでもできるし、どうにでもなる。

——そうなんですか。それでもみんな結構面白いゲームをつくるのが難しいと思ってると思いますよ。

面白いゲームを作るには、結局、そのゲームの本質がどこにあるかっていうことをきちんと分析して、それが自分の面白いと思ってる部分にちゃんとのってるかどうか。

——自分自身がそう思うように作ると?

例えば僕だったら、『非日常、トレース、競争』っていう三つがあるとして。ゲームを細分化していって、本質はこれだ、ってものがこの三つにちゃんとのっていれば、ずれてないんだなって思う。

あとはその三つから、外れないようにレベルデザインを仕上げてくだけなんだよね。
そうしたら、面白いゲームはできるんだよ。

動物番長の面白さはどこにあるか

——なるほど。
遠藤さんが関わられた作品で、個人的には動物番長は非常に衝撃的な傑作だと思いました。動物番長(*3)を普通の人がつくったら、あそこまで面白くできませんよね。

あのゲームが一番面白かったのは、『食う、襲う』って時にパクっと食って、その食う部分の生々しさをだした部分だと思う。

立方体に直方体が何枚かついてるだけのポリゴンを、動物だって言い張るわけだけど。噛み付いた状態で、アナログスティックをがちゃがちゃやると、ポリゴンがちぎれたりするんだよね。直方体の部分がバシっときれたりすると、食いちぎった感がある。

*3 2002年に任天堂から発売されたゲームキューブ用ゲーム。遠藤氏も企画に関わっている。動物番長を倒すため、動物班長、動物係長などを倒して進化を繰り返して行くかなりアバンギャルドなゲーム

——ポリゴンなのに(笑)

そう。ただのポリゴンなのに、プレイしてる時に、自分が歯を噛み締めちゃうような感じ。
動物のもってる生々しさとか本能的な部分を形にしなきゃだめだなっていうことで、他も全部つくって。

ゼビウスは自分が面白いと思ってるものをつくっただけ

——すごいですね。
確かに遠藤さんはそういう意味で最初から面白いゲームをつくってた訳ですよね。
もう嫌になるくらい話をしてると思いますけど、やっぱり僕なんかはゼビウスって恐ろしく衝撃的だったんですよ。ゲームそのものも技術的にぶっ飛んでいるんだけど、グラフィックスもなにもかもカッコいい。そのうえ、シューティングゲームなのに、小説が一冊出るくらいの重厚なストーリーがある。

ゼビウス(*4)は自分が面白いと思ってるものを作っただけだよ。
もともとは、ベトナム戦争を題材にしたヘリコプターのゲームだったんだけど。
一緒にやってた先輩がみんないなくなっちゃって、入社一年そこそこで、そこから自分でつくらなきゃいけなくなっちゃった。で、リアルはつらいんだ、ベトナム戦争は。やっつけるものがつらい。だからやっつけるものに対して、なるべく感情移入しなくてすむもの、無機質なものなら大丈夫っていう考えでSFの方向性にした。
開発をしながら、キャラとかを作ってアニメの動きとか取り入れて、それを動かすんだけど、成功したらこのキャラはどういう位置づけにしようかって考えて。そういう設定があつまったのが小説の話。あれはあとづけなんだよね。

デザインは、遠山式立体視で有名な遠山君が同期でいて、デザインとかは遠山君がこんな感じなんじゃないのって書いてくれて、それがかっこよくて、全部ドット打ち直すから、このデザインでやっていい?って言って。僕が最初に書いたのはもっと稚拙で幾何学的なデザインだったんだけど。

*4 ゼビウスは縦スクロールシューティングゲームのエポックメイキング的な作品。空中の敵と地上の敵を撃ち分けたり、美しいグラフィックスとアニメーションが革命的で、ゲーム業界に衝撃を与えたゲーム史に残る金字塔的作品。田尻智氏が同人誌「ゲームフリーク」でゼビウス攻略法について語りカルト的な人気を博した。のちに田尻氏はゲームフリークを株式会社化し、ポケットモンスターを開発する。


——ゼビウスのキャラクターデザインは本当にすごいですよね。ドルアーガの塔(*5)についてはどうお考えですか?
遠藤さんご自身は、すぐ死ぬゲームが好きではないとのことですが。あれはかなり鬼畜なゲームでしたよね。

すぐ死ぬっていうか、ドルアーガの塔は不親切なゲームだと思う。それは時代がそれを受け入れたからだけど。


*5 ドルアーガの塔はアクションRPGの元祖と言ってよい作品のひとつ。レベルが高くなると、スタートボタンを押さないと先に進めなくなったり、とにかく鬼のように難しくなることで有名。ゼビウスがゲーム性が高すぎて時間あたりの売上げが芳しくなかった反省に基づき、ヤケクソのような難しさになる。ある意味でゲーム史に与えた影響はゼビウスと同等以上。

——今考えれば画期的なゲームではありましたよね。ダンジョンが自動生成なのに、きちんとレベルデザインされていていましたし。

それはPCエンジン版が出る時に、不親切なところをだいぶカットしたから。ドルアーガのファンはPCエンジン版を見ると、ぬるいとかクソゲーとか言うけど。でもああいうゲームの方僕はやりたかったなあ。本当にドルアーガとして出るべきは、PCエンジン版なのかな、とも思う。

コンテンツがコミュニケーションを加速させる

僕はコンテンツとコミュニケーションとの位置関係って、「コンテンツでもってコミュニケーションを凌駕してやる」っていうくらい傲慢な考え方だったんだけども、最近はコミュニケーションのほうが上だなって思うようになった。

たとえば若い頃すごく可愛い女の子から夜お誘いがあったとして。だけどその日がすっごい面白いゲームの発売日だったりしてね。昔だったら「いや俺は今日帰ってやるゲームがあるんだ」って家に帰るからコンテンツの勝ちかなと思うけど、今はコンテンツに行かないで、とりあえず今日は誘いに乗る。その後まだ余力があったらゲームしようかなって思うわけ。それが正直なところで、そういうところで時代はコミュニケーションが上に来ているなと。

何がこの優先順位を変えてきたのかって言うと、携帯電話かなあって思ってる。例えば、携帯電話のおかげで絶滅してしまったものは何だっていうと、家出娘。

——家出娘ですか。

もう家出娘は絶滅したと思う。娘とは家にいなくても携帯電話で繋がるから、親は家出したと思わなくなってる。そうすると捜索願も出さない。

あと携帯電話のおかげでアリバイ工作もやる必要が無くなった。面白いのがスキーが廃れたこと。なぜかっていうと、スキーに行くって泊まり前提だよね。だからスキーは女の子と二人きりになる口実になった。女の子も親に言うときに「友達とスキー行く」って言い訳ができる。
だからスキーは流行ってたんだけど、今、そんな手間掛けなくてもいいんだよ。

——ケータイに電話すればつながっちゃうからですか。なるほど。

彼氏の家行ってても何してても電話が繋がるから、娘は適当に言い訳して帰ればいい。

——親が心配するのって誘拐されてないかとか、事件に巻き込まれてないかとか、そういうことですよね。

親はそこで安心が欲しいんだよね。だから電話して言い訳が聞きたいと。
彼氏といると怒られるなら娘は取り繕えばいいだけで、どこの親だって、娘がどっかで何かやってるって言うことは基本的にオッケーなわけ。それを否定するやつはいないと思う。

だけど、まだそこは不安だから我慢して欲しいとか色々と我侭なことをいう親がいた。それを携帯電話でつながるっていうところが崩したんじゃないかなと。

——なるほど。

そこでコンテンツを省みてみると、昔から映画って言うコンテンツは、コミュニケーションの加速に使われている。

僕らは「映画見に行かない?」って女の子誘ったりするけど、映画がみたいのか!っていうとそうじゃなくて映画のあと何するのっていうと、飯食って何かあったら何かある。で、そのスケジュールの中で、いらないものはどれって言うと映画なんだよね。映画が一番最初にいらなくなる。

——きっかけ作りですからね。

だから、コンテンツがコミュニケーションを加速したんじゃないかなって思うと、コンテンツって共通の話題とかになればいいのかなーっていう風に考えて、それで最近つくっているのが、居酒屋端末のコミュニケーションツール。

歌舞伎町の居酒屋でロケテしている『三択de乾杯』ってやつで、画面に三択が出てくる。でもそれはクイズじゃなくて、単純な「灯油のポリタンクの色は何色ですか」みたいな簡単な質問になってる。何色だと思う?

——赤ですね。

でしょ?これ関東圏の人だからだと思う。ここに関西人が混じってると「青やろ?赤なんかありえへん!」と言って切々とポリタンが青だって語るわけ。それはゲームがコミュニケーションを加速させているんじゃないかと思うわけだよ。

——会話のきっかけとしてのコンテンツですね。

あとは好みの問題とか。絶叫マシンが好き、嫌いとかも質問に入ってる。
そういうのって隣り合った二人とかなら色々訊けるじゃない。ツールで聞き出したりとかできる。

選択肢は三択で作る

——その選択肢が三択なのも、『二つか三つかいっぱいか』理論なんですよね。

いっぱいある選択肢ってとめどなく増えていくんだよね。例えば職業を何ですかって訊く選択肢があって、学生とか、社会人とかがある。で、もしその二つしかなかったらそれはそれで何とかなると思うんだけど、じゃあもっと細かくして自由業とか色々入ってくると次々と増えて、必ず「その他」を入れたくなるじゃない。

「その他」を入れないようにするにはどうすればいいかっていうと、いっぱい選択肢を設けるしかない。職業を全部網羅しなきゃいけない。そんな選択肢は作るほうも見るほうも全然面白くない。

大体人は一行目しか見ないんだから、一行目だけ見て違ったら二行目でいいわけよ。だから選択肢は二つあって、あと一つ。足すような感じ。

——選択肢をやめて自由記入というのもありますが。

それはいっぱいっていうか、無限になちゃうよね。無限の選択肢からどれを選ぶかって話になるから圧倒的にどうしようもない。二択で答える問題を100問やるのと、記述式の問題を100問やるんだったら、かかる時間と頭の能力がすごく違う。だから履歴書を書くときに一番疲れるのは自己PRとかさ、だよね。だって学歴とかはもう決まってることだから、選択肢がない一択なんだよね。

——選択肢が無ければ書くのは楽になりますね。ただ、選択肢だけだと本質的なところは伝わらない、というようなことはありませんか。

選択肢から本質を汲み取りたいなら、デジタル-アナログの変換と同じようなことになる。事例が多いほど本当の自分が伝わるわけ。SNSで二択を沢山やって好き嫌いのフローチャートの最後に「あなたは◯◯型です」とか出るのがあるじゃない。そういうのいっぱいやっていくうちにいっぱいになっていく。だからもし二択でちゃんと伝わらないんだったら、問題増やせばいいだけ。それは量がちゃんとアナログに変えてくれます。

——空欄はオリジナリティが出てくる場所っていうのはオリジナリティを重視するアメリカ的な発想だと思いますが、空欄の選択肢、無限の可能性のは海外のゲームに多いですね。スカイリムとか。

そこは頑張ってやらないと、変な選択肢が増えちゃうから。

——日本のゲームデザイナー、特に遠藤さんやポケモンの田尻さんには削ぎ落としの美学、禅のような哲学を感じます。


ソーシャルゲームの次の未来

——コミュニケーションとゲームの接点という意味で、ソーシャルゲームは遠藤さんにとってどういうイメージなんですか?

僕はもう、ソーシャルは一要素に成り下がっていると思う。ソーシャルゲームorゲームの時代は終わった。これはRPGかゲームかみたいな時代が80年代にあったのと同じで、90年代はオンラインゲームかゲームかみたいな時代があった。当時はアクションゲームとかやってた連中から「あんなものゲームじゃない」とか言われてたんだ。

——そんな時代が。

うん、当時パッケージやってた連中はオンラインなんかゲームじゃねえよ、あんなものはチャットツールじゃないかって言ってたわけ。それと同じで今はソーシャルゲームに対してソーシャルなんてゲーム性皆無じゃねえかよって言ってるわけだけど、でも面白けりゃいいじゃんっていう(*6)。

*6 ちなみに遠藤さんは、アーケードゲーム全盛期に家庭用ゲーム機が主流化することを予測し、いちはやくアーケードから家庭用ゲーム開発者へと転身した。この転身には業界がおおいに驚いた。次に携帯電話が主流化することを予測し、現在のモバイルゲームスタジオの設立ということになる。

——それはもう成熟して、ゲームの一部に取り込まれたぞっていうことですか

うん、だから僕はもう、ソーシャルの次に何が来るかに一番興味がある。

——今、何が来そうなんですか?

分かんないねぇー。僕はどちらかって言うと体験みたいなものじゃないかって気がするけど。

——遠藤さんはたとえば、アーケードゲーム全盛期にファミコンが出たとき、まだ全アーケード業界がファミコンを馬鹿にしてた時代に、あっさりファミコンのゲーム作ってましたからね。他にもゲームのCM出たり。先読みのようなものはあるんじゃないですか。

だってアーケードゲームって下手糞な奴は何万円払ってもクリアできないけど、ファミコンだったら3000円くらいとか出せばクリアできなくても、いつかはクリアできるよね。データは手元にあるんだから。これってつまり定額制なんだよ。従量課金と定額とどっちが好きかって言う世界だね。僕は定額のほうが優しいなあと思って定額を選んだ。でもコーエーみたいなところがどんどん定額料金自体を上げていくんだよ。

——携帯電話のときもゲーム業界の大半の人がケータイなんてゲームなんかできないよって言ってた時代で。僕らがケータイゲーム作ってるときで、なんかゲーム業界の仲間に入れてもらえてないような感じがあった。

あのときはまだ従量課金だったから、データのやり取りを出来る限り少なくするように考えなきゃいけなかった。でも今はインフラがどんどん変わってきてるから、そういうことは考えなくてもいい。インフラが整備されてできることがどんどん変わってきてる。

君も昔サムライロマネスクってムチャなゲーム作ってたよねー。
絶対パケ死するっていうゲーム

——その話だしちゃいますか。とにかく携帯電話ゲームの限界が知りたくて。パケ代なんか知るか!っていう感じでしたね。オープニングだけで千円くらい。でもまあドコモから鬼のように苦情が来るんです。それでドコモからもっと安く出来るようにしろって言われて、パケ代がたまると眠くなるっていう機能を付けた。ぜんぜん進まなくなってこれまたすごい苦情が来たんですが。

そういうところを考えると、やっぱり次の時代を作るのはきっとインフラなんだよ。だから次のインフラって何だろうってことを考えると非常に興味がある。

で、その中で今一番注目しなきゃいけないって言うのが、キネクトなのかもしれない。でもキネクトに行けないんだよなぁ。なんか、体を動かすのが面倒くさい

——プレイし続けられないということですか?

今一番大事なのは面倒くさくなくて、リプレイがしやすいもの。リプレイはできたほうが面白い。すぐもう一回遊べる。疲れたらそこでご馳走様。そういうのは今の時代にはいらないと思う。今、世間からソーシャルゲームといわれているものが、みんなからおかわりされる状態になっているのは、プレイの手間がボタン押すだけだから。

逆にゲーム性の中で満足感が得られるかの問題があるね。ゲームデザインして試作するときに、遊んだ人に面白かったかって訊くと「面白かった!」って皆言ってくれる。そこで、じゃあもう一回やってごらん、っていうと「ええっ」ってなる。それは面白いんじゃない、頭で面白がっているだけで、心から楽しんでる訳じゃない。

ゲームを作る側にも同じ事が言える。頭のいいやつほど頭でおもしろいもの作るんだよね。このギミックがトレードオフの関係になっていて良いとか色々と言って、つまらないものを仕込んでつまらないものを作る。これこそがゲーム性の高さだみたいなことをやる。

——料理に近いものがありますね。材料と工程がこうだからうまいはずだ、みたいなものです。それを毎日食べるのとは別の問題ですね。だから一番いいものって実はつまんなかったりとかすると思うんです。見てすごい目が覚めるような企画じゃなくて、もうベッタベタですねっていうようなやつのほうが一番面白かったりとか。うちのソーシャルゲーム、戦国vs三国志っていうのが、いまけっこう調子いいんですけど、企画としてはベタですよね

そういうゲームは、実はシリアスゲームになっている側面もあるかもしれない。

戦国とか三国志とかのゲームが流行っている学校では、社会科の授業になると先生よりも子どもの方がずっと詳しくなっていて、武将の誰々が何をしたとか、先生ナントカのほうが知略に長けていたと思いますとか言う。ゲームのシナリオやパラメータの知識を元に言っているんだろうけど、これは立派なシリアスゲームですよ。

桃太郎電鉄とかね。あれで地理が覚えられちゃうわけだから。
島根県がどこで、名産はなんだとか、さ。

——確かに。僕も実際、学校の授業とか出たら信長の野望のパラメータが頭に浮かんじゃいますね。

算数だって、たとえば動物が何匹か出てくると。それの足が全部で何本あるかっていうゲームとか。答えも三択くらいで。亀とかウサギとかが一種類だけ出てきて、他にも5本足とか8本足とかの宇宙生物みたいのが出てきたときに、それを当てるクイズを出すのがゲームなんだよ。全部の九九を一の段から九の段まで出す必要なんかない。

8本足が3匹で、さあ、何本だっていうときに一本ずつ数えるのが面倒くさいけどサンパニジュウシってやると24だって分かるよって。そういう。

——ついでに虫と蜘蛛の違いとか分かっちゃったり。

そういうのも入れられるよね。むしろそれができればシリアスゲームとして面白い。リピートも高いからソーシャルの要素入れたら更に面白くなるかもしれない。でもね、真面目にそういうこと研究して「これはいいな」っていうのをやってるのは今はベネッセだけだね。だってあそこはハードウェアから変なもの作ってるじゃない。電卓みたいなやつとか。

——ゲームはやっぱり子供というか人を引きつける力を持っているのは、間違いないですね。

それを真面目に考えてるなあっていう。

——遠藤さんが若い時代とか含めて経験したことで、今のゲーム作りに生かされていることがあれば

うーん何だろうね。僕は学生時代、千葉大学で写真工学っていうのやってた。今は情報画像っていう名前になったところ。当時は銀塩とか、引き伸ばし機とかを暗室にこもっていじってた。だから3Dゲームが初めて世に出てきたときは、当時専攻してたアングルとか焦点距離とか画角とかがすごい役に立った。3D出てきたときは「こんなことが役に立つんだ」って感じだった。

あとは音楽もやってた。幼稚園からクラシックピアノ習ってたから、ゲームのBGMとかも時々やってた。でもね、自分の絵やプログラムを人に見せるのはいいけど、音楽を人に聞かせるのは恥ずかしいね。

——ゼビウスの音楽がYMOの坂本龍一さんなどに影響を与えて、後に細野晴臣さんとのゲーム音楽に繋がっていくんですね。ところでゲームや映画といったコンテンツがコミュニケーションのきっかけになる今の時代、ゲームを作っているのは何故ですか?

それはさっきの食べ物の例と同じで、本当に毎日同じものを食べてると飽きると思うから。おいしいご飯ばかり食べていると飽きちゃう。コミュニケーションしていても、今日はなんとなく一人で食べたいときとかあるじゃない。それと同じような感じで色んなものの中のコンテンツだっていうこと。

ゲームって特にインタラクティブなコンテンツだから、遊ぶうちに疲労するんだよね。だからスポーツと同じような感じに取れる部分もある。それは体を動かすと気持ちいいって言うのと同じことで、誰だってたまには身体を動かすよね。そういう意味ではゲームがぜんぜんなくなってしまうことは無いんだよ。

問題は、ゲームは今後どういう形になるかっていうところだけど、これはゲームの枠に収まらない。コンテンツとか、エンターテイメントって考えたらいいね。

例えば、牢屋で人間が保障されてるものって何だと思う?とりあえず食うのは保障されてるよね。それから寝るのも、排泄も保障されてる。それで生きていける。でも、それで生かされているかっていうと、そうでもないんだよ。そこにはエンターテイメントがない。娯楽の時間とか、コミュニケーションの時間とかって別に設けられてる。あれって人間の必須要素なんだよ。あれがなくなると人間らしい精神的な気持ちの部分で壊れていくんじゃないかなって思う。だから、壊れていくところを補完するためにもエンターテイメントっていうものとか、コミュニケーションに人は拠り所を求めるんじゃないかなって思うよ。

——なるほど。その人間の文化性の根幹にあるのがエンターテイメントだということですね。

人間は社会的な生き物であるって意味でコミュニケーションを取るけども、人間だけが詰まんないことで笑ったりっていうことをするよね。笑うってことに対して特別に何かをしようとするよね。その部分がエンターテイメントに何かつながっているような気がするね。
 
素晴らしいお話でした。来週のleapfest本番も楽しみにしていますね

遠藤さんの講演が生で聞ける!
leapfest2012の申し込みはこちらから!

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - ゲームの神様「遠藤雅伸」に聞いたゲームデザイン。コンテンツとコミュニケーションの間を繋ぐ哲学
Post to Google Buzz
Share on GREE

Related posts:

  1. アマチュアゲーム開発者の祭典!leapfest2012チケット販売開始!

Facebook comments:

Post a Comment

Your email is never published nor shared. Required fields are marked *
*
*