今日は、ひとつのメディアアート作品と、それを作ったアーティストを紹介したい。
rhyfLS performance 1 from quolc on Vimeo.
スクリーンに投影されている映像は、録画されたものではなく、手元のタッチパネルを使って自在に操ることができる。パネルに並んでいるドットは楽譜に対応していて、このドットに音符を置き(色が付いたドットは音符が置かれた状態)、さらにそれらの音符をつなぎ合わせることで、映像を自在に編集できるというものだ。
実はこれを開発したのは、東大二年生の鈴木良平さん。
彼が友人達と設立したメディアアートサークル「Tonica」の企画のために作られたもので、昨年11月に開催された東京大学の大学祭「駒場祭」で3日間展示されていた。
今回の展示だけではなく、「Tonica」では、こういった作品を、駒場祭や五月祭(東京大学のもう一つの大学祭)といった機会のたびに制作・展示しているとのこと。
いったい、どんな人が作った、どんな団体なのか?そもそも、「メディアアートサークル」って? …気になる疑問は解決すべし、ということで、wise9編集部では、Tonicaの発起人である鈴木良平さんに直接いろいろ聞いてみた。

鈴木良平さん (@quolc)東京大学教養学部理科一類 2年
JST ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクト研究補助員
Webサイト: http://tealang.info/
ブログ: http://d.hatena.ne.jp/quolc/
今回の作品『rhyfLS』について
––これはどんな言語で作られたのですか。特別なグラフィックライブラリなどは使っていますか?
Processingです。グラフィックの出力にはProcessingのOpenGLのアクセラレーションをそのまま使っています。
––この、音符の色の一つ一つはどのようになっているのですか。
出てくる映像のパターンの一つ一つに対応しています。赤いのは立方体が出てくるのに対応するとか、青いのは回るやつに対応する、といった感じです。
––音符同士の線のつながりはどのようになっているのですか。
線のつながりはパターン同士の論理的なつながりを意味しています。例えば赤いものは単体だと一つ立方体が出るだけなんですけど、二つを繋げると、立方体から立方体が出てくるんです。もう一つ繋げると、例えば立方体から出てきた立方体から、さらに立方体が出てきて、その立方体から…というふうに再帰的にどんどん映像が複雑になっていく仕組みです。
––学園祭以外にイベントなどで使用されたことはあるのですか。
まだ使ってないです。
––同期して音が鳴るとカッコいいですよね。
鳴らす部分はまだ作れていないです。時間が無くて、映像やるだけでちょっと精一杯だったので…。展示したときは、友人がドラムンベースみたいなのを打ってくれて、大分雰囲気にあっていましたね。
映像の出るタイミングは、音楽のビートのように等間隔になってますから、MIDIのメッセージを Cubase などに送れば簡単に音と同期することはできますね。
––グラフィックのパターンはどれくらい予め登録されているのですか。
8パターンです。実現できる映像のパターンは、その組み合わせでどんどん指数関数的に増えて行きます。
まだ基本的なものしか無いですが、Processingプログラム上では各パターンは基本クラスから派生したクラスとして定義されているので、適当に書き加えれば自由に入れ替えることができます。もちろん任意のテクスチャも貼ることができますし、テクスチャを複雑にすれば、それほどポリゴンっぽくはならないですね。
––開発期間はどの位だったのですか。
2週間くらいです。ソースもかなりシンプルなので、あまり難しいことは特には無かったですね。
––一つ一つはとても複雑そうに見えますが
例えば一番見た目が複雑な「毬」のようなものが出てくるパターンでも、実際に描画してるコードは数行に過ぎませんし、生成のたびに実行するコードもかなり短くなっています。Javaができれば一日もあれば自分で新しい音符(パターン)を書けるようになると思うので、それをいろんな人で共有したりしたら面白いかなあとも思っています。
会場に来場していた子供たちが映像を作る様子
––こちらの作品、読者の方もぜひ実際に触ってみたいと思いますが、公開予定はいつ頃でしょうか。
公開は、そうですね。今後何を付け足すかな、というのに困ってます。とりあえずUIを改良しようかなと思っていたり、音は出したい、とは思っているんですが。どこまで作り込んで出そうかな、というのはまだあまり決まってないですね。ただそんなに長く掛けるつもりは無いです。
––こちらを制作された理由、あるいはコンセプトのようなものがあればお聞かせください。
もともと「きれいな映像を作りたい、映像を作るのってすごくカッコいいな」という気持ちがあって、それをどうにかして形にしたいと思っていたんです。映像の中でも特にモーショングラフィックスと呼ばれる、抽象的で幾何学的な形状が、複雑に、しかもとても気持ちよくカッコよく動く、というジャンルの作品への憧れがとても強かったです。
僕もそれを模倣して少し映像を作ってみようとした事があったのですが、そこで特に自分は、映像を作る時とかデザインをする時には必ず言葉に依って発想するなと、非常にその言葉というのは大切だなという風に思ったんです。
具体的には、映像を作る時に自分が思い浮かべるのは、「四角形が出る」「四角形から四方向に新たな図形が展開される」といった、明確に表す事の出来る言葉がほとんどを占めているというのがポイントで、そういう言葉というのはそもそもアルゴリズムだとかプログラムのコードと、互いに変換する事の出来るものだと考えられます。
また、自分は横着なタイプなので、自分の手でひとつひとつのビジュアルを組み合わせて大きな作品を作れるという気もあまりしませんでした。そんな中でアイデアの言葉をうまくアルゴリズムによって言い換えられたら、自分にも複雑で美しいものが作れるのではないかとも思いました。
今回の作品に関してはそうした「言葉」(アルゴリズム)というのが「映像のパターン」一つ一つに対応していて、言葉をそのまま映像に変換しているというわけです。
それと、何か言葉によって明確に表現出来るアイデアを発想したとしても、それを実際に映像として描き出すのにはとても時間がかかりますよね。そこで、短い時間で自動的に映像を描き出せて、それをどんどん新しい発想で組み合わせていって、十秒に一回くらい新しいものを作っていけるようなツールがあれば、一つ一つのアイデアを地道に描き出し続けても思いつかないような、全く新しい発想に至ることができるかもしれないということも期待して作りました。
そもそも僕たちが普段デザインをする際は、言葉をまず練って、その言葉からよい言葉の連なり、論理的な構造を考え、その論理的な構造を実際に頑張って、例えばFlashで一つ一つキーフレームを書き込んでいくだとか、そういう事をして画像や映像に実装して、それを見て、それを評価して、それがよかったらそれでOKだし、それが良くなかったら、今度は元々の言葉を紡ぐ段階から修正して、という長いフィードバックループでやっていたと思うんですね。ところが、言葉がプログラムによって代替できるのであれば、頑張ってFlashだとかのキーフレームをせこせこ書き込んでいる段階は全て自動化することができる。
そうすると、良い連語を考えるところから評価するというところがまっすぐ繋がるので、言葉を練るところからそれを評価するところまでのフィードバックループを非常に時間的に縮めることができる。すると、常に膨大な量の言葉を練り続ける事が出来るし、普通に考えて手で描いて、という長いループを繰り返していたのでは思いつかないようなところに至るかもしれないというわけです。
僕たちのようにあまりデザインの教育を受けていない人は、そもそもそんなにレパートリーも発想も豊かなわけではない。でも、ちょっとした発想の揺らぎから直感をすぐ形にすることができる、そこからどんどんさらに発想を広げて行けるツールがあれば、僕たちのもともとあまり大きくない発想力を増強する事が出来るんじゃないか。
少し大げさな言い方をしてしまうと、僕たちの知性というのはそうやって言葉をどんどんコードに入れ替えていく、コードによってその言葉を動かしていくことによって、どんどん拡張していく事が出来るんじゃないかという風に思っているんです。
それで、まずはできる範囲で簡単なところですけどやってみようと、言葉から映像にすぐに繋がるインターフェイスを作ってみようと思ったという次第です。
––確かに映像作るという事に関しては、フィードバックループはとても長くて、私たちが母語を扱うような感覚で映像を作ったり作品を作ったりする事は絶対に出来ない。ですがツールの発達によってフィードバックループをどんどん回していけるようになって、例えば上達したり、気持ちいいパターンを見つけたりということがより広まれば、もしかしたら、素人と呼ばれていた人から新しい作品が生まれるかもしれないし、作品が生まれなかったとしてもそれ自体が新しい体験になるかもしれないですね。
そうですね。まさにそういうことを考えました。
––それは絵でも音でもなくてもよく、一つの考え方としても興味深い、というわけですね。
そうですね。一般的に、パターンをどんどん組み合わせていくことで、普通にやったら思いつかない事ができたら面白いな、という。
––こちらは今後どのように発展させていくおつもりですか。
考えてるというか、今度作ろうと思っていた、実装しようとしていた機能があります。今、例えば「赤赤青赤赤」というパターンの連なりがすごく気持ち良かったとすると、それを一つのパックにして、一つの音符にすると、それを置くだけですぐに凄い映像を作れてしまう。それはそれでもう一つの部品として、ライブラリをどんどんいろんな粒度で作っていく。
簡単に作りたいなら大きいライブラリをいくつか組み合わせるだけで簡単にかっこいい映像を作れるけど、ちゃんと作り込もうと思ったらこの音符を一つ一つ組んでいく、あるいはプログラムを一から書き換える、という風に自分の能力や、やりたいことに従って粒度を変えられるといいな、という風に思っています。
––二週間でこれほど作れてしまうなら、何かもっと違うものを作れるかもしれないですしね。
そうですね。いろいろ作ってみたいという気はしますね。でもこれは一回クラブなどで使ってみたい、と思っています。単純に、実際これで面白いのか、というのを実験してみたいんです。自分でパソコンの上で動かしてひとしきり満足して、でも、これって実際のところ人が見て面白いのかなあ、と思っていたので。
今後について
––鈴木さんは将来どのような事をやりたいとお考えですか。
それが全く定まらず、という状況になっています。何かしら研究はやって行きたいなと思うんですが、まあ研究をするにしても、大学人として大学でやっていくのでも、企業でもっとコマーシャルな研究をするのでも、どちらでもいいのですが、楽しい事が出来るところがいいなあ、という程度です…。
––鈴木さんにとって「楽しいこと」というのはなんでしょうか。
楽しいことは、その時期によって全然興味があることが違うので、本当に研究するような歳になった時に「何に興味を持っているのか」というのが自分でも分からないんです。とは言っても、もう時間がないのでかなり焦ってはいるのですが。
––具体的にはどのような分野で迷っていらっしゃるのですか。
例えば情報系以外では生物系とかにも興味があるんですけど、ゲノミクスですとか、生物情報学のようなサイエンスのアカデミックな研究もやってみたいと思ってます。一方で、こういう作品のようにUIなどの研究をやってみたいなとも思ってますし、それに、全然違った方向で、例えば建築とかも面白いかもしれないと思っています。そろそろ少し絞らないとまずいんですけど。
––今後どんなものを発表していきたいとお考えですか。
実際使う人がいるかどうかはわかりませんが、パターンによるデザインをLuaとかの言語でもっと簡単に書けるようにして、Webでオープンソースみたいに共有出来るようなプラットフォームを作ったら面白いかな、と思っています。それに、それをちゃんと出力できるようにしておいたら便利かな、と。そうしたらやっぱり、自分の作品を色んな人に見てもらえたら嬉しいですね。
––グラフィック処理がお好きなのですか。
グラフィック、映像など視覚的なものはすごく好きですが、パターンを組み合わせたり、論理的に複雑な構造を作ることも面白いと思います。
––今はその、パターンの組み合わせでいろんなものが出来てくる、ということに集中していらっしゃるということですか。
せっかく作ったので同じコンセプトでもうちょっと、まあもう半年位はいろいろやってみたいなと思ってます。
––具体的に次回作や、次の活動などの構想がありましたらお聞かせください。
個人的には、これまでのようにプログラムを書いて、というアプローチでやっていくのも良いんですけど、やっぱり一回は自分できちんと映像を作りたいです。古典的な手法で、古典的といってもFlashとか、今普通にニコニコ動画などに上がってるような形で作ってみたい。ただ自分がトップのクリエイターになりたいか、なれると思うかというとそうではないんですけど、クリエイションってものを理解して、出来ればアンプリファイアを作る側になってみたいのかなって。今回のこの作品も映像を自分でちょっと作って挫折しかけたから逃げの一手に作ってみた、というようなところがあったので、これじゃあいけないなと。なんというか「修行します」というような言明になってしまうんですけど、やっぱり映像は自分でやりたいと思っています。
––映画を作る、という様なことでしょうか。
そうですね。実は映画は高校のとき一回撮ったんですけど、それももう一度きちんとした形でやってみたいと思っています。
––Tonicaという団体としては今後どのような活動をしていかれるつもりですか。
Tonicaでは勉強会のようなものをやっています。例えば僕はプログラミングなどに興味があるんですけど、プログラミングがあまり出来ないメンバーも結構いっぱいいるので教えることがあります。一方で、映像が得意なメンバーがモーショングラフィクスの作り方などについてのセミナーをやってくれたこともあります。
そういう風に、ただユニットとしてものを作るだけじゃなくて、お互いに興味のあることを話しあったり、人と人が出会って、こんな面白いものがあるんだ、みたいなことを知っていけるような場に今後もしていきたいと思っています。
ノンバーバル・プログラミング
––制作の理由等を伺っていると、「万人にプログラミングを広める」というようなことに興味を持たれているように思われますが。
プログラミングというか、プログラムやコードというものが、プログラマーがただ使う道具じゃなくて、「言葉を動かす事ができるもの」というふうにもっと普遍的な概念として、だれもが享受できるようになったらいいな、と思ってますね。
––確かに多くの人がそう思っていていると思います。ですが、なかなか具体的に良いアイデアが出て来ていないというのが現状かと思われます。
そうですね。なかなか、良い具体的なアプリケーションというのは、難しいんですけど。
––例えば、鈴木さんはどのような方法があるとお考えですか。
今回のこのシステムもある意味ではプログラミングですね。Javaのコードを書くのは、ちょっと誰にでも出来ることではないんですけど。
––UIの方もプログラミングのようですしね。
もちろんこれもプログラミングですね。なのでこれも一つの形かな、と思って。
––私はノンバーバル(非言語的)なプログラミングというのが、いつか実用化されるのではないかと思っていて。まさにこの作品がその一つだと思います。
そうかもしれません。
–– 変な話かもしれませんが、逆にこのUIを言語化してしまう、というアイデアは駄目だったのでしょうか。今はGUIのようにグラフィカルに表現して、それが映像化される訳ですが、これと同じ構造を言語によって作った方がより簡単に複雑なものが作れる、ということはないかと思ったのですが。
というのは、ノンバーバル・プログラミングというのは実は非常に難しいのではないか、とも思っているんです。例えば「ピタゴラスイッチ」もある意味ノンバーバル・プログラミングと呼べると思いますが、あれを作るのは本当に難しい。要するにノンバーバルにアルゴリズムを組む、というのは難解なパズルをやるようなものだと思うんです。
そうですね、ただ、それをやるともはやStructure Synthとの差が分からなくなってしまうので、一旦下げたんです。ただ、このインターフェイスはむしろ僕はあまり重要だと思っていないので、パターンを結合させるという基本的な構造さえ実現出来れば、むしろそちらの方が良いかもしれません。レンダリングをしてるシステムにはメッセージさえ送れればなんでも良いので、全く違ったUIでも動くようにしていますし、そういう風にインターフェイスを選ばないように設計しました。確かに言葉で作ったほうが複雑な物はもっと作りやすいかもしれません。
––この作品は創発のためのプログラミングですよね。ですが、例えば方向性としては、何か目的があって、それを解決するためのソリューションとしてのプログラミングというのもある。ソリューションとしてのプログラミングというのを、ノンバーバルでやるには、どんな可能性があるかと思っているのですが。
それこそERATO(JST ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクト)で進められているプロジェクトのようなものが、まさにとても分かりやすい形かな、とは思っていますね。個人的に興味があるのが、「ものを作ってみたいけど作れない」という問題の解決と言えるわけですが。
クリエイティビティをアンプリファイする
––なるほど。これは印象論ですが、こういったプログラミング環境としての問題点があると思うんです。つまり、こういったものを使ってどんなものを作ったとしても、それは自分の作品にならないって感覚がとてもすると思うのですが。
はい。それはとても分かります。確かに奇麗なものが出来てもなんだか嬉しくないという気持ちはありますね。
––緻密なもの、奇麗なものが、例えば誰でもボタン一個で作れるようになってしまった時、「どうしてありがたかったのだろう」と感じてしまうと思うんです。つまり、簡単に作れるようになったことによって、なにか「ありがたみ」のようなものが薄れてしまう。
でも、やっぱりあるところでは、人が描いた物というのはいつまでもすごいと思います。肉体が、身体が時間をかけているということには、絶対に消し去れない価値があるかなって思うんです。一方でこういうデジタルアートになってしまうともはや、人がやったのかコンピューターが生成したのかわからない、区別のしようがない。
––なぜ、「ありがたみ」が薄れるように感じるのでしょう。あるいは「自分の作品にならない」と感じるのでしょう。
それはやっぱり、出てくる物の美しさが、システム自体に相当依存しちゃっているというか、システムがなかったら別にこうやって繋いだだけだよな、ということしか残らないからだと思います。
––例えばその感覚を取り戻しながらも、誰でも作ることが出来る、というようにするためにはどのような事が必要でしょうか。
誰でもというか、訓練が出来ないといけないかな。楽器のようなものが出来るといいんじゃないかなって。楽器って音は誰でも出せるんですけど、それですごい美しいものを奏でるにはやっぱりある程度の訓練が必要になってくる。そういう習熟度の曲線をうまく設計してやるのが肝要なのかなってずっと思ってます。
絵画、イラストだってまあ、ちょちょっと描くのはある程度できるようになる。でもやっぱり上手くなるには時間がかかる、という風に、そこを研究してあげる必要があるのかな。
––鈴木さんご自身は音楽を、例えば楽器を弾いたり作曲したり等はやられるのですか。
音楽をやりたいと思いつつもなかなか長続きせずに出来ずにいるという感じです。
––その理由はなんでしょうか。
楽器を練習するのについ、飽きてしまうというか、三日坊主になってしまうタイプなので。
––もしこのようなものの楽器版を作ったとしたらどうでしょうか。
これだったら自分でも使いこなせるかな、と(笑)。
––なるほど。そこはやはり微妙というわけですね。自分でも使いこなせるレベルにすると、習熟する部分はデザインできないようになってしまう。
そうですね、やっぱりそこはジレンマがあるんですけど。僕が意図していたのはむしろこういう事なんです。今ニコニコ動画などに上がっている動画というのが、凄い技術をもって作られているとしても、それをアルゴリズムで表現できるのだとすると、技術という価値がなくなりますよね。そうした時に、むしろそれによってどんどん圧迫されると、こんなもんじゃ凄くないぞって言われてしまった時に、誰かアーティストの人がどういうものを、それから追求していくのだろう、と。ここまでは誰でも出来る、というのがどんどん上がっていくと、もっと作家性というのは面白い方向に向かっていくのかなって。
––例えば、誰でも写真が取れるようになった時、印象派の人はどうしたか、といったようなことでしょうかね。
そこで起こったのと同じ現象が、じゃあ今ディジタルアートの映像で起こったら、今度は何が起こるのかな、という所に興味がありますね。
––なるほど、それは非常に面白いですね。以前クリプトンの伊藤さんにインタビューした(参照:「クリエイターのためのクリエイターでありたい — 「クリプトン」伊藤氏の想い」)のですが、伊藤さんがクリプトンという会社を作ったときはまさにそのような時期だったんです。その時はDTM(デスクトップミュージック)などが出始めていました。
それで、伊藤さんと話していて感じたのは「クリエイティビティをアンプリファイするような技術がどんどん生まれてきている」ということでした。
DTMの出現までは、ゲームのBGMを一曲作るのにもバンドや、バンドスコアを書ける人が必要でした。どちらもそれほど数が多い人材では無かったですし、当然曲が出来たら今度はバンドでそれを練習しなければなりませんでした。そこにDTMの登場によって、少なくともBGMを作るというところにはバンドは必要無くなった。ところが、歌だけは人間が歌わなければいけなかった。ですが今、VOCALOIDによって人間が歌わなくてもよくなったんです。
重要なのはそういった中間工程に人間が介在しないからといって、そのことによってクリエイティビティは失われるわけではなく、むしろ増幅されているということ。そう考えると、今起きてることは凄い事ですよね。
先程鈴木さんが言ったように、何か道具が進化する事によって、クリエイティビティのレイヤ
ーが一枚上乗せされてできてくる作品の中は、とんでもなく面白いものも出てくるはずです。だから本当に鈴木さんがやってみたいと思ってるのは、例えば「奇麗なものを出す」だけではないでは、と思ったのですが。
「奇麗なものを出す」というのは、「奇麗なもの」というとりあえず一つ目に見える結果として、あるいは一つの段階としてですね。奇麗なもの、例えばさっきのような映像を自分で作ることは、これまでならまあ相当苦労すればできたかもしれない。けれど一つやってみて、かなり大変だったのが、こんな簡単に出来るようになったという風に、克服されたということが一つ一つ目に見える結果として確認できるというのが大きいと思うんです。
さっき言ったように、僕はクリエイターの「クリエイティビティ」というのをすごく信頼しています。こういう便利なツールのもっと進化したものが出てきたとしても、それさえカバーできないところにクリエイティビティってあると思うので。
だから逆に、人間がやらなくても済む事を全部コンピューターにやらせたら、どれだけ純粋な人間のクリエイティビティを取り出せるんだろう、ということにむしろ興味があって。一つの例として映像もやってみた、というのが基本的なところで、映像である必要性はなかったと言えばなかったですね。
––実は創作衝動というのは意外と色んな人が持っていると思うんです。それこそアンプリファイアによってそういった人たちは、どんどん可視化されていく。
創作衝動は(自分の中には)すごくあると思いますね。個人のデリケートなところなんであんまり他人の話は聞かないんですけど、ツールを作って使ってもらうことを通してそのことは感じます。
––GlobalGameJamというイベントが年に一回あるんです。全世界の有志の開発者がそれぞれの場所で48時間掛けて一本のゲームを作るというイベントで、その場でチームを作って、チームで一本のゲームを作る。48時間で3000本位のゲームが出来るんです。しかも全部フリーソフトかつ、プロやセミプロの人達が作りたいものを作っているから、クオリティも高くて面白い。話を聞いた時は、ゲーム業界が要らなくなるんじゃないかと思いました。作りたくて作っているもので、仕事でつくっているものに勝るものが生まれてくるのではないかと。アンプリファイアによって、とりあえずやってみようという人がこれから伸びてくると、ゲームを作る仕事が本当になくなるのではないかとうっすら思えるんです。そういう意味では、アンプリファイアによって文化が大きくドライブしてるのは間違いない。
そうですね。もっと創作は普遍的な営みになっていく、というか仕事じゃなくなっていくのかもしれないですね。
鈴木さん、本日はありがとうございました。
鈴木さん達のメディアアートサークル「Tonica」では、これからも意欲的に作品を作り続けていくとのこと。その活躍に期待したい!







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