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福島GameJamはこうしてはじまった


 

「福島でGameJamやりたいんだけど、誰か開催に協力してくれる会社ありませんか?」

 

たしかこんなツイートだった。ツイートの主は新清士。ゲーム専門のジャーナリストだ。

GameJam(ゲームジャム)とはなにか?
ジャムセッションのように、その場で集まったクリエイター達が即席のチームを組み、短い制限時間の中で作品作りを行うというイベントだ。

Global Game Jamというイベントがもともとあり、これは全世界同時に開催され、今年のGlobal Game Jamではなんと48時間という制限時間の間に1500本ものゲームが完成したのだという。

そういう熱気で、なんとか東北を復興させていくことはできないか、というのが新のねらいだった。

新清士はジャーナリスト以外にもうひとつの顔を持っている。それは世界中のゲーム開発者を集めた全地球組織である、IGDA(国際ゲーム開発者協会)の日本支部代表という肩書きだ。

新清士は今年の春に行われたGlobal Game Jamに初参加し、存分にその洗礼を受けたのだと言う。

 

「なら、僕らの9leapと一緒にやろうか」

 

と、僕は短いツイートで返した。

9leapでは「Game Programming Camp」というイベントを定期的にあちこちで開催している。
このイベントは、通常の講演がメインのカンファレンスと異なり、その日のうちになにか作品を作り上げる事を目的としている。そういう意味では簡易版のGameJamと言えた。

それから秋葉原にあるUEIの秋葉原リサーチセンター(ARC)に集まってミーティング。

一ヶ月後の開催をその場で決定した。

IGDAは法人格がないので、そもそも活動資金そのものが新さんのポケットマネーしかない。
そこで、とりあえず開催資金は僕たちが出すことにして、なにはともあれ開催が決定した。

とはいえ、9leap縛りをしてしまうとGameJamの意義が薄れてしまう、ということで、IGDA Japanと9leapの共同開催という形でスタートすることにした。

それから現地で活躍しているNPOと連絡をとったりして、開催地は南相馬市に決まった。

福島第一原発から25kmの地点。

今も地震や津波の傷が癒えず、さらに原発の脅威にも曝されている地域だ。

24時間営業のマクドナルドも全面的に休業中。

地元の商店と、ゼンショー系のお店(cocosやすき家)のみが稼働する、戒厳令下のような異常な光景が広がっている地域だ。

プロジェクトが動き始めてからは新の動きは早かった。

Unity、Autodeskと矢継ぎ早にスポンサーを獲得し、MLの立ち上げ、各種サテライトの立ち上げも同時に行われた。

都内では国立情報学研究所が場所を提供してくれることになったので、9leapチームの学生諸君は国立情報学研究所を拠点とした。

そしていよいよ当日。

深夜0時に東京のゲームクリエイター24人を乗せたバスが出発した。

現地で福島、東北地方からさらに18名が合流する。

早朝に南相馬市に到着した東京チームは、地元の市議の案内で被災地を回った。

無造作に転がるぬいぐるみとスリッパ

ここで誰かが生活をしていたのだ、という匂いを感じ取り、東京から来た異邦人達は一様に押し黙った。

これが災害の現実なのだ。

ゲームクリエイターとは、罪深い職業であると僕は思う。

僕は、フィクションの中で何度も世界を滅亡の危機に陥れている。
天変地異を起こし、 魔物を出現させ、村を壊滅させ、人々の希望を奪い取る。

ゲームのスタートはたいていそういうところから始まる。

僕が想像の中で何度も弄んだ世界の破滅と災害の実際が、目の前に果てしなく広がっている。

船は打ち上げられ、津波から半年経った今では、もう草木が息吹を取り戻してきている。

異様な光景だ。

被災地で遠い目をする新清士

彼はなにを思っていたのだろう。

つい数ヶ月前まで、ここは百世帯くらいの町だった。

それが今はなんにもない水たまりになってしまっている。

これが災害の真実なのだ。

テレビの中で何度報じられていても、それがリアリティを持って伝わっては来なかった。

現実にこの被災地に立ってみたとき、恐るべき事に、やはりリアリティがないのである。

こういうのを「人知を超えた」と言うのだろうか。

もはや想像も及ばない規模の災害というのは、こんなものなのだ。

今回の福島GameJam(FGJ)開催に尽力してくれた南相馬市の但野市議もまた、津波の直後に遺体の捜索活動に加わったのだと言う。

しかし彼にしても、「リアリティを感じられなかった」というのだ。

目の前で起きていることが人の想像力を超越したとき、人はそれに現実感を感じることがなかなかできないのかもしれない。

そしてここが福島第一原発から20kmの地点。
警官が二人立って検問をしている。

この道の先に命がけで原子炉と戦う人々が居る。

我々が見学している間にも、何台もの自動車やトラックがこの道路の向こう側に吸い込まれて行く。

念のためガイガー計数計を持って行ったんだけど、この地点の放射線量はやや低めの0.3μシーベルト/時

会場などで屋内に入ると0.15μシーベルト/時まで下がるので場所によって大きく異なるのだろう。

あちこちにひまわりが植えられていた。

ひまわりは放射能を浄化する作用があるということで復興のシンボルにもなっている。

ここが会場となった南相馬市の施設。

東京、東北それぞれあわせて約40名が集結し、8チームに分かれてゲーム開発を行った。

9leapの審査員、トロチチ南治さんも参加。

enchant.jsをベースとした作品を30時間で7つも開発した。
週刊アスキーの9leap連載のライター、柴田さんも南治チーム。

enchant.jsの特製Tシャツを無料頒布。結構着てもらえた。

水口さんは東京工科大学のUstreamサークルBaNyaの生放送に出演。英語番組までこなした。さすが!

僕は開会式の挨拶と司会進行を行って、そのまま東京へいったん戻る。

いったん戻る、といっても片道六時間の旅。

会場を出ると、地元の子供がお母さんの手を引っ張りながら「こっちでゲーム作ってるんだよ!はやく!」とはしゃいでいた。

思わず抱きしめたくなるような思いだった。

やって良かったと思った。

 

それから六時間かけて東京の国立情報学研究所へ。

こちらではARCの伏見君、神田君を中心にして、9leapでは入賞の常連であるblankblankさんとサケライスさんが参加。

国立情報学研究所の長久先生。

彼とは実は15年来の付き合いで、昔は同じ専門学校でゲームプログラミングを教えていた。
彼は元々はSNKで格闘ゲームのプログラマーをしていた経験がある。けれどもゲームの学術的な側面に注目し、学会での活動も多数行っている。

情報処理学会に僕を誘ってくれたのもこの長久先生だ。

ちなみに今回、福島の本会場にも、僕と長久さんのもと教え子が参加していた。

今回、30時間もの間、国立情報学研究所側の人間として監督責任があるので、なにもしないのにずっと会場に張り付いていなければならないという地獄のような仕事を全うしてくれた。多いに感謝したい。

国立情報学研究所では、全てのサテライトの様子が壁面に映し出され、非常に臨場感のある開発風景となった。

さすが情報学を専門に研究している研究所だ。この部屋には20ものプロジェクターが設置されていて、好きなようにスイッチできるうえ、光学モーションキャプチャーの設備まである。

サテライトは、北海道、東京都千代田区(国立情報学研究所)、東京都八王子市(東京工科大学)、九州の四カ所に設置され、本会場とあわせると実に100名以上がこのイベントに参加してくれた。

今回、現地の子供達にもゲーム作りに参加してほしい、という思いから、方眼紙でドット絵を描けるブースを用意した。

こちらも多いに盛り上がったが、ポリゴン世代の子供達にドット絵は理解できなかったようだ。

これらの絵を作品のどこかに使う事がGameJamのアチーブメントのひとつとして盛り込まれた。

現地で描かれた作品はスキャンして即座にWikiにアップロードされる。

それを東京の国立情報学研究所ではイラストレーターがきちんとしたイラストに起こしていた。

これにはちょっと感動した。

まさにコラボレーション。まさに合作、である。

また、ここではUEI唯一のアメリカ人社員であるエリックが国立情報学研究所サテライトのビデオを英訳付きで制作していた。

休憩したのち、僕は再び南相馬に戻った。

途中、車をちょっとぶつけてしまったが、幸い大きな事故にはならず、傷を負ったのは車と僕の心だけだった。

南相馬市の本会場に戻ると、子供達が夢中になってテストプレイをしてくれていた。

「これどうやって遊ぶのー?」

「爆弾出してよー」

などと、楽しそうに意見を出す子供達。

ここでもまた、やっとよかったと思える子供達の笑顔を見る事が出来た。

そして発表と閉会式。

但野議員と、市役所の職員の方々。感謝してもしたりない。

 

実際にどんな作品ができあがったのか。

こちらのページで見る事が出来る

あまりにも膨大なので、9leapチームが作ったものを抜粋すると




特にリョーヘイがプログラムを担当した「神輿でGo!」は、node.js+websocketでリアルタイムな通信対戦までできるという反則みたいなゲームで、実際遊んでみるとけっこう面白い。

blankblankさんがプログラムを担当した「東北めぐり」も、スネークゲームに地域色を入れたかなりの傑作。

ARCの神田君( ElectroDragon)が作ったPostmanは若干バグってる気配があるものの、オーソドックスな横スクロールアクションゲームながら子供達の絵を届けるというハートウォーミングな内容が個人的に僕の心を打った。あと、なんか種とか植えて郵便局をカスタマイズできるらしいんだけどよくわからない。

僕も触発されてhidemyと二時間くらいでミニゲームを作ってみた。
この作品は来週の週刊アスキーの連載、「9leap高校ゲーム開発部」で紹介する。

今回、こういう試みそのものが初めて尽くしだったわけだけれども、非常に有意義なものになったと思っている。

僕らゲーム開発者の仕事というのは、非日常を作り出すことだ。

そのために架空の町を破壊し、暴虐と残虐の限りを合法的に行えるプレイヤーを設定する。
暴力的な衝動をゲームによって発散させることも少なくない。
それも全てはゲーマーに退屈な日常を忘れて楽しんでもらうためだ。

けれども未曾有の大災害が起きてしまった場所には退屈よりもひどい、避難生活という辛い非日常的な日常が続いている。

そんな場所だからこそ、ゲームの持つポジティブな力で子供達と人々に愛と勇気を与えたい。

あの場所で出会った子供達が成長して、この日の経験がなにかしらのプラスになればそんなに嬉しい事はない。

開発現場には、現地の人が子供達に限らずいろいろな世代の人がやってきて見学をしていってくれた。

自分たちだけが安全なところからお金だけを出すのではなく、現地の人々と危険を共有することでしか伝えられないこともあると思う。

今でも震度5の余震が頻発する地域。できれば行きたくない場所だからこそ、そこで生活している人々に勇気を与える方法のひとつは、そこに実際に人が行く事だと思う。

もちろん、このイベントには賛否両論がある。
わざわざ被災地に出かけて行ってゲームを作る事になんの意味があるというのか。

短い時間と厳しい制約の中でなんのためにゲームを開発するのか。

僕たちが目指した福島GameJamは、果たして正しい行動だったのか。
それは遠い年月の末、明らかになっていくだろう。

 けれども参加したメンバー達にとりあえず聞いてみた。
 主催者の一人として、また司会として、どうしても聞いておきたい事だった。

 「福島GameJam、またやりたい?」

 全員が挙手をした。
 力強い挙手だった。

 こんなに力強い挙手を見た事は無い。

 30時間、東京から数えて足掛け三日、不眠不休でゲーム開発を終えたばかりとは思えない参加者の方々たちの、疲れというものを全く感じさせない、挙手だった。

 僕は感動で言葉に詰まった。気の利いた台詞はでてこない。
 

 「じゃあまたやろうか」

 と言葉を濁した。

 僕はこれまでの人生でいろんなイベントを手がけてきた。
 3D野郎大会、CEDEC、天下一カウボーイ大会。

 参加人数や規模でいったら、福島GameJamは非常に小さいものだ。
 けれどもこれまでで最も充実した時間を過ごせた。

 あの二日間、日本がひとつになって、福島の復興に願いを混め、ゲーム開発に熱中した。
 
 僕らが考える、ゲーム開発者だけにできる復興支援。
 これからも参加者がある限り、できるだけ続けて行きたいと思う。

 福島GameJamはこうして始まるのだ。

 

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