やあshi3zだ。
いまロスアンゼルスのAnimeExpoに来ているんだ。
なぜって?
初音ミクの全米デビューコンサートを見るためさ

日本でももちろんもりあがっていたのは知っていたんだけど、こっちでは正直どうかわからなかった。
そもそも日本語の歌多いしね。
去年、AnimeExpoにAKB48が来た時は、散々な結果だったらしい。
AKBのメンバーたちも「初心に帰れた気がした」なんて微妙なコメントを残していたんだってさ。
それを踏まえて今年、現地のマスコミはかなり油断していたらしい。
「日本で人気あるったって、去年のAKBもぜんぜん人はいんなかったしなー、今年もガラガラだろう・・・」
とね。
ところがどっこい。
今年は黒山のひとだかり

これには現地のマスコミ関係者もおどろいてた。

トヨタも痛車とコスプレイヤーを出すなどバックアップ体制は万全。
実は初音ミクはトヨタのCMキャラクターにもなってるんだってね。
これのおかげかどうかかわからないけど、とにかく初音ミクは大人気。
どのくらい人気なのか、正直僕も来てみるまで実感が湧かなかったけど、これは本物の人気だ、と思った。
チケットはほぼ完売。二階席まで埋まった観客が、ステージ上のスクリーンに向かって歓声をあげる。

アンコールでは全員スタンディング状態。
すげー!これはすげー!
英語曲も何曲かあったけど、基本的には日本語の曲がそのまま演奏されている。
ステージ上の初音ミク以外は総て人間が演奏する生バンド。
圧倒的スピード感で曲を演奏し続ける。
観客は休まる暇もないが初音ミクは疲れない。
初音ミクは、もはや単体の商品やブームとして捉えることはとっくにできなくなってきているのではないか。
先日、オースチンでクリプトンの伊藤社長と酒を飲みながら僕は自説を語ったことを思い出した。
「あと100年、もしかしたら1000年もすると、初音ミクは創造主ってことになってるかもしれない。そうでなかったとしても、少なくとも神の化身(アバタール)くらいには思われているかも」
神が神として成立するにはいくつか条件があると思う。
まず、神は何者にも冒されない絶対の存在である必要がある。
不老不死であり、不死身の存在であるということだ。そして決して人間は誰も神に触れることができない。
次に、神は、もともと人びとの心の中にあるものから生じる。
そして神は、多くの人びとに共有され、模倣され、偶像化され、畏怖され、愛されることによつて神足り得るのだ。
宗教というのが言い過ぎなら、「究極の偶像(アイドル)」でもいい。
初音ミクという意志も実体も持たない存在が、これほど多くの人びとを熱狂させるのは非常に興味深い現象だと以前から思っていた。
仮に将来、初音ミクという名前と形のアンドロイドが開発されたとして、それはあくまでも概念上の初音ミクの模倣物であり、決して初音ミク本人ではあり得ない。
それはドラえもんそっくりのロボットを現実に開発したとしても、それはドラえもんそのものではない、というのと同じだ。
初音ミクという偶像の目下の武器はその独特の歌声だ。
ふつうの人間ではあり得ないほどの数の歌を歌い、独特な歌声は、本来人間そのものを模倣しようとして、そしてなし得なかった部分や、もしくは意図的に人外の部分を顕在化させたものとして成立させている。
日本人である僕にさえ、彼女がなんと歌っているのかわからない。
その意味では、この会場にいる多くのアメリカ人たちと、僕の感じ方は一緒だったと思う。
そのなかで、初音ミクに声援を送る群衆は、そして群衆のなかにいる自分自身は、非常に神秘的な体験をした、と思った。
よく、カリスマ的ロックミュージシャンは「教祖」に例えられるが、初音ミクは教祖というよりも、神そのものだ。
21世紀から新しい宗教が生まれるとすれば、それは初音ミクのようなものだろう。
というのは、現代の宗教は昔のように超自然的な力によって信仰を得たり、不信心を脅かされたりするのではなく、初音ミクのような「タネも仕掛けも解ってます」というような偶像の中にこそ、真の神秘性を見いだすことによって、あらたな宗教観を獲得するのではないか、と思うからだ。
それはあたかも数学者が自然対数eの神秘に魅了されるように、物理学者が宇宙の神秘に魅了されるのと全く同じように、「解っているけど、解らない」という部分にこそ、新たな神が出現する可能性を強く感じるのだ。
これがブームとして終わるのか、それともずっと残っていくのか。
これからの展開が非常に愉しみだ。



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